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令和8年度春季特別展「鷹と加賀前田家」

【概要】

たか」とは、オオタカ・ハイタカ・ハヤブサなどの猛禽類の総称です。古くから各時代の権力者は、飼いならした鷹を自在に操る狩猟「鷹狩たかがり」を行っていました。次第に鷹は権力の象徴として位置づけられ、江戸時代には将軍や大名が所有した鷹を「御鷹おたか」と呼んでいました。

ほかの大名家と同様、加賀前田家も多くの鷹を所有し、領内で鷹狩を行っていました。鷹狩は、大名のみで行うものではなく、またその実施過程においては様々な人々が関わっていました。鷹狩に同行し、鷹を飼育・調教する鷹匠たかじょう、鷹場を管理する鳥見役とりみやくひなである巣鷹すだかを上納する鷹巣見役たかすみやくなどの存在によって鷹狩が成り立っていたのです。

また、江戸時代、鷹および鷹が捕った鳥は贈答の対象となっており、これらの贈答儀礼は主従関係を確認する行為として武家社会のなかで重要な意味をもっていました。

本展覧会では、古文書・鷹道具・絵画などの多彩な資料を読み解き、鷹狩、鷹の飼育・調教、鷹儀礼の実態から、鷹をめぐる前田家の歴史を明らかにしていきます。


【展示内容と主な展示品】

序章 江戸時代における鷹狩

各時代の権力者に愛好された鷹狩。江戸時代の将軍・大名も例外ではなく、多くの鷹を所有し、鷹狩を行っていました。そして、人々が躍動する鷹狩の様子は格好の画題でもありました。序章では、鷹狩図や鷹道具を描いた資料から、江戸時代における鷹狩について視覚的に紹介します。

八王子筋鶴御成図(「柳営儀式図絵」の内)弘化3年(1846)本館蔵

江戸からほど近い王子筋(現在の東京都北区王子)における将軍家の鷹狩の様子を描いた図。空を飛ぶ鶴や小鳥、鷹を据える鷹匠、捕獲した獲物を処理している姿などが描かれ、当時の鷹狩の様子がよくわかる。彩色から判断すると、鷹はオオタカ、鶴はマナヅルであろう。

鷹狩図屏風 久隅守景筆 江戸時代(17世紀)日東紡績株式会社蔵

江戸時代前期の絵師・久隅守景くすみもりかげ(生没年不詳)による鷹狩図の名品。8曲1双の画面に水辺の田園風景が広がり、鷹狩に従事する鷹匠や餌指えさし犬牽いぬひきの姿や、白鳥や鶴・がんかもさぎ雉子きじなどを仕留めるオオタカやハイタカの様がいきいきと描かれる。本作の制作時期は不詳だが、守景が加賀前田家の庇護を受け、金沢に逗留した晩年の作である可能性が提示されている。代々、国元で加賀藩の御用をつとめた狩野派絵師・梅田家に本作の模写が伝わったことからも、当地とゆかりが深い作品と考えられる。


第1章 鷹場と環境

鷹場たかばとは鷹狩を行う場所のことをいいます。前田家は、領内の鷹場のほか、近世前期には将軍から拝領した江戸近郊の鷹場で鷹狩を行っていました。江戸時代は新田開発が各地で行われた時代でもありましたが、徐々に開発の手は鳥のみかであった鷹場内にも及び、獲物となる鳥がいなくなるなどの環境問題も浮上しました。本章では、鷹場の範囲や鷹場の環境維持の実態をみていきます。

金浦東蚊ヶ爪村領請高新開之内草附場所分間絵図 万延元年(1860)9月 本館蔵

東蚊爪ひがしかがつめ村(現在の金沢市東蚊爪町)領内の新開地、真菰まこもあしが生えた草付の場所を示した絵図。鷹場内にあった東蚊爪村などの河北潟周辺地域は川縁・不湖ふごに草が生い茂り、そこは鳥の棲みかでもあった。加賀藩では、広範囲で新田開発が行われたが、本絵図からも、草付の場所が水田化(黄色部分)していることが読み取れる。新開により草付の場所が減少したが、百姓はその分「見替地」(ピンク色部分)を造成し、そこに草を植えていた。鷹場の環境維持のために鳥の棲みかを確保するように努力していたことがわかる。


第2章 藩主と鷹狩

藩主前田家の当主は、家臣や鷹匠を引き連れ、領内で鷹狩を頻繁に行いました。鷹狩は藩主にとって身近な狩猟の一つであり、実際に使用した道具も遺されています。ここでは、鷹道具、古文書を中心に藩主の鷹狩の実態を紹介します。あわせて、前田家に遺る鷹や鷹狩を題材とした絵画から鷹への関心のありように迫ります。

鈴板 江戸時代(19世紀)

公益財団法人前田育徳会蔵

鈴板とは、鷹の尾羽の鈴が響きやすくするために付けた板のことである。鷹には、獲物をつかんで草むらなどに入り込んだ時、居場所を特定するために鈴を付けていた。鈴板は、象牙ぞうげ・水牛のつの・鯉のエラぶたで作られることが多く、本資料は水牛の角を加工したものである。「松平まつだいら加賀かがのかみ」と筋彫りした後、金で文字を書いている。なお、「松平」は藩主前田家が将軍から与えられた称号で、「加賀守」は受領ずりょう名である。

架鷹図屏風 王伯子賛 江戸時代(17世紀) 公益財団法人前田育徳会蔵

押絵貼おしえばり屏風の形式をとり、止まり木であるほこに繋がれた12もとの鷹が描かれる。こうした所謂「鷹図ようず」は室町時代以降に流行し、各扇で描き分けられる鷹の姿態や大緒おおおの複雑な結び方などが見どころである。本作品もオオタカの幼鳥・若鳥・成鳥、ハイタカやハヤブサといった鳥種や成長段階の違いに気を配り、羽の色や生え変わりの様を表現する。上部のさん元和げんな期(1615~24)に加賀前田家3代・利常の庇護を受けたと考えられる明人・おう伯子はくしあざなこくてい)による。もとは加賀前田家2代・利長の菩提寺である高岡・ずい龍寺りゅうじに伝来し、利常の寄進品として知られてきた。明治初頭に改装されるまでは8曲1双であり、16居の鷹が描かれていたという。


第3章 鷹狩を支えた人々

鷹狩は、様々な人々のはたらきによって成り立っていました。本章では、鷹の飼育・調教を担当した鷹匠たかじょう、鷹の餌を上納した餌指役えさしやく、鷹場の環境管理を担当した鳥見役とりみやく、幼鳥である巣鷹すだかを上納した鷹巣見役たかすみやく、および巣鷹御用すだかごようをつとめた百姓について紹介します。

鷹羽毛図解 元禄5年(1692)個人蔵

加賀藩の鷹匠依田よださだひろから同じく鷹匠の宇野七之うのしちのすけへ宛てた鷹書ようしょの一種。鷹の羽一つひとつの名前が細かく記されている。依田家は、古くから前田家に仕えた鷹匠で多くの鷹書を所蔵する家であった。宇野家も、前田家の鷹匠のなかでは高禄こうろくの鷹匠であり、七之佑は享保期に鷹の治療を行う鷹方療治役たかかたりょうじやくなどをつとめ、鷹の飼育に熟知していた人物である。


第4章 鷹を飼う

前田家が所有した鷹は、金沢城からほど近い、現在の金沢市石引いしびき2、4丁目付近にあった鷹部屋で管理され、その周辺には鷹匠の屋敷が立ち並んでいました。鷹は生き物であるため、怪我をしたり、病気になったりすることがありました。また、飼育には大量の餌が必要でした。本章では、こうした鷹の飼育の実態をみていきます。

鷹部屋図(部分)弘化2年(1845)金沢市立玉川図書館近世史料館蔵

大工中村屋理助が所持していた鷹部屋たかべや図の写。鷹部屋の大きさは、玄関を含めると7尺(約2m10㎝)四方であった。正面には「えさし窓」があり、ここから餌を入れていたことがわかる。また、後半部分には「産鷹うぶたか部屋」も描かれている。「産鷹」とは、領内から上納される巣鷹のことを指すのだろう。こちらは7尺5寸(約2m25㎝)四方で、鷹部屋より少し大きかった。


第5章 鷹をめぐる贈答儀礼

江戸時代、鷹は贈答の対象にもなっていました。鷹の産地をもつ大名は将軍に鷹を献上し、その鷹の一部は一定期間後、将軍から御三家、前田家などの有力大名に下賜されました。また、鷹狩で捕った鳥を贈答することも武家社会で頻繁に行われていました。本章では、鷹をめぐる贈答儀礼の実態についてみていきます。

前田家帰国ノ図(「柳営儀式図絵」の内)弘化3年(1846)本館蔵

前田家が江戸から金沢へ帰国する時の様子を描いた図。左奥に描かれている大きな川は、戸田川(現在の荒川)であろう。右端の中程には、2もとの鷹を据えた鷹匠2人が並んで描かれている。色味からオオタカであると判断できる。前田家は、帰国時に将軍からオオタカを2居拝領することが慣例化していた。ただし、近世中後期の史料から藩主とは一緒に帰国していないことが確認でき、本図のように行列に加わっていたわけではない。作者は不明だが、将軍から「御鷹」を2居拝領していた情報を行列図に反映させたのかもしれない。


終章 近代へつづく鷹狩

幕末維新期において、前田家の鷹場や鷹巣原の指定、鷹餌の供給制度なども変更、廃止されていきました。ただし、前田家は鷹を所有し続け、東京に転居後も別邸などで鷹狩をおこなっていました。終章では、こうした変革期における鷹に関する諸制度の変更・廃止、明治期における鷹狩の実態をみていきます。

15代  前田利嗣肖像写真 明治22年(1889) 

前田土佐守家資料館蔵

前田家15代当主である前田利嗣としつぐの写真。利嗣は、安政5年(1858)4月、14代前田慶寧よしやすの子として誕生した。明治7年(1874)7月に家督を継ぎ、明治21年12月には、宮内省主猟局の主猟官に就いた。利嗣は狩猟を好み、別邸の四谷・深川邸のほか、旧大名家の毛利氏の別邸などで鷹狩を行った。前田家に遺された鷹道具の一部は、比較的新しいものもあるので、利嗣の所用品も含まれていると考えられる。



会 期
2026年4月25日(土)~2026年6月7日(日)  
時 間
9:00~17:00(展示室への入室は16:30まで)  
休館日
会期中無休 
会 場
特別展示室 企画展示室 
観覧料

一般1,200(960)円 大学生・専門学校生960(760)円

  • *高校生以下無料
  • *( )内は20名以上の団体料金 65歳以上の方は団体料金
  • *障害者手帳または「ミライロID」ご提示の方および付添1名は無料
  • *常設展もあわせてご覧いただけます
  • *加賀本多博物館は別途、観覧料が必要です
  • *電子チケットもご利用いただけます(日時指定なし)。

電子チケットのご案内

料金 一般1,200円
大学生・専門学校生960円

ご注意

  • *65歳以上の方をはじめとする各種割引料金の適用を受けられる方は、電子チケットをご利用いただけません。ご来館当日窓口にてご購入ください。
  • *日時指定券ではございませんので、入館枠の確保はできません。

 
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主催
石川県立歴史博物館
特別協力
公益財団法人前田育徳会、北國新聞社
後援
金沢市教育委員会、NHK金沢放送局
日本博2.0
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